朝九時に目が覚める。が、脳は起きない。
今日は祝日。例によって何もない日だ。
どうにも昨夜飲んだアルコールと、少しはしゃぎすぎたおつまみがまだお腹にいるようで、体すら重かった。
スマートフォンと仲良く、ごろごろとベッドに転がる。ブルーライトを浴びながら閉じてしまいそうな瞼も、昨日慣れないことをしたせいだと思うことにする。
渦中にいる時、人はなかなか自分の状態に気付かないものだと思う。必死だからだ。
何かを遂行する時、私としては普通のつもりでいても、かなり体力を使っていたり頭を回していたりする。
そうだと分かるのはいつも家に帰って、そのまま寝入ってしまう間際で。
昨日一日もそんな感じだった。
目覚めたのが午後九時というなんとも情けない状況に、もういいやとそのままコンビニに走り、トリスハイボールの500ミリ缶と餃子、枝豆を購入、一人晩餐会を開始したのだった(ちょっと写真を撮っていなかったことを悔やんでいる)。
思いの外疲れが溜まっているのか。この調子で本格的に業務が開始する来週、私は大丈夫なのか。
色々なことは頭を掠めるが、嘆いていても仕方がない。
とりあえずやる事はあるが、急ぎじゃないのだ。
そんな言い訳に甘えつつ、またネットの海に潜る。
ネットサーフィンほど「時間を溶かす」という表現が似合う行為を私は知らない。
同じ娯楽であっても、見たかったアニメやゲーム実況を見る方が、何かしたような気持ちになるのだ。
やっている事は消費に他ならないが、どこか生産的であるような。
それに対し、ネットサーフィンは本当に何も残らない。
今さっき見ていたものは何?と聞かれても答えられないくらいには脳になんの刺激も届いていないのだ。
なのにいつまでも続けられてしまう所も中々に恐ろしい。
そんなどうしようもない時間を昼過ぎまで貪ったところで、ようやく腹の虫が鳴る。
最早朝ご飯とは到底呼べない、昼ごはんと呼ぶにすら怪しい時間帯に、それでも私はいつものように目玉焼きを焼いた。トーストに、チーズも乗せて。
いつも通りのご飯。いつもより力の出ない日。
熱々のトーストを餌のように食べる。
どこかのアンパンとは違い、これを食べたとて元気が出るわけでもない。ただの応急処置のようなご飯だった。
抜け殻のような自分に少しため息をつく。
ゆっくりこの状態から抜け出せたらいいけれど。
お皿を洗い、立ったついでに今日初めて椅子につく。
どうにかしてパソコンに向き合うも、すでに日は傾きかけているのだった。