室内は寒かった。
結構な人数がいるにも関わらず、いや、だからこそ開け放されたドア、窓。
暖房は効いているとはいえ、壁際の先はどうにも寒い。
一旦脱いでいたコートを再度羽織り、それから巻いてきたマフラーを膝の上に乗せた。その時。
何かサワサワと手に触る感覚。
気になって確認してみると、何やら黒い毛並みが確認できた。
えっ!?と、目の前で繰り広げられている会議はそっちのけでマフラーを凝視する。
何故かそこには、つけ睫毛が二本、張り付いていた。
とりあえず吐き出すのをこらえる。
本当に意味がわからない。私はつけ睫毛など、成山式のときくらいしかつけた覚えがないのだ。
真面目な会議中。
誰かに共有するわけにも行かず、約二時間、私は膝につけ睫毛を乗っけて過ごしたのだった。
こういった変なミラクルは、よく身の回りで起こるタチだと自分でも思う。
パッとは思い付かないが、いやなんで!?と突っ込まれることが多い。
それだけきっと私がふらふらしているのだろう。
ただ、こういうミラクルは共有できる誰かがいるからこそ笑い話になるというものだ。
とりあえずこの状況をラインでいつもの友達に知らせてみる。
隣に座る同期に笑ながら話せるほど、きっと私達の仲は深くなかった。
それが少し寂しい反面、ちょっとだけホッとする。
中途半端な仲が一番気を遣ったりするのだ。
そんな会議も明け、お昼ご飯の時間。
「先に食べてていいからね」
コンビニに駆けていった同期達の言葉にあやかって、一人、先にスープジャーを開ける。
きっとここで私が彼女達の帰りを待っている方が、両者にとっての負担になるのだろう。
つくづくコミュニケーションは難しい。
朝、温めてきたお味噌汁。
これと一緒に適当に握ってきた、おにぎりを食べる。
スープジャーは最初にお湯を入れて温めてから、本命の汁物を注ぐと温度が長持ちするらしいのだが、そんなことをしなくたって、まだお味噌汁は暖かいままだった。
具は大根、えのき、ネギにレタス。
完全に余っていた食材達だ。
つけまつげのいなくなったマフラーを懲りもせず膝にかけ、スプーンでお味噌汁を啜る。
二、三日経っているからか、大根がしみしみで美味しい。エノキのしゃくしゃく感も健在である。
こうしてよくお味噌汁の味が分かるのも、私が今、一人でいるおかげなのかもしれない。
何が嬉しくて、何がガッカリなのか、私にも私が分からなくなることはあるのだ。
そこにピコン、と通知が鳴る。
先程マフラーの写真を送った友達からの怒涛の突っ込みラインに、思わず頬をほころばせるのだった。