食べ物と私

食べます。

書くこととパスタ

また予定がキャンセルになった。

最近色々と白紙に戻ってしまうことが多い。

それはそれで心の余裕が生まれるので、ありがたいことではあるのだが。

 

とりあえずベッドの上で、書き進めていたものをポチポチといじってみる。

これは私が一から生産したものじゃない。ただのオタ活だ。

それでもここ数ヶ月は、こうして推しを書いている時間が一番の心の安らぎに繋がっている。

 

元々物語を作るのは好きだった。

世に出すには色々な自分の中の葛藤と戦わなくてはならないのだが、それでも私は書くことが好きだ。

 

いつかそんな話をした時に、貴方は書くことに助けられているんだね、と、とある人に言われた。

この言葉が酷く、それはもう酷く私の中に残っている。

どんな駄文でも私の一部だ。

こうして書いていることが、いずれこんな私を助けてくれると良いのだけれど。

 

少し気分転換に背伸びをする。

その勢いのままベッドから抜け出して、何か作ってしまおうという気持ちになる。

頭を使うにも体力がいるのだ。

 

冷蔵庫はほぼ瀕死の状態だったが、一応玉ねぎが、冷凍庫にはきのこと鶏のミンチがあったので拝借する。

 

切るのは玉ねぎだけ。

あとは炒めつつ、きのこも鶏ミンチも凍ったままフライパンに入れてしまう。

こんな横着だって許される。このキッチンの法律は私だ。

 

全体がまとまったらケチャップで味をつけて、パスタを湯がく。

その合間に、さっきまで見ていたSNSのことをぼんやりと思い出した。

20代前半。仲の良かった友人から、SNSを介して結婚や出産の報告がちらほらと見受けられてきた。

 

私とは違う人生だと思う。

彼女たちはもう数年の社会を経験し、そこから結婚という長く面倒な道のりを突破し、つわりの気持ち悪さ、出産の痛みに耐え、感動を知り、母を知り、苦労しつつも自分とパートナーで稼いだお金で子どもの成長に日々奮闘している。

 

そんな中、私はまだ課題やレポートに追われ、自分の生活費すら自分で稼ぐことができない。

高校生とまるで変わっていないのだ。

 

結婚願望や子どもを作らなきゃという義務感はないにせよ、あまりにも経験値の差が激しすぎて少し焦ってしまう。

 

ああ、嫌だ嫌だ。

 

逃げるように、パスタをフライパンに上げていく。

チーズを入れて具材が絡まれば、完成だ。

 

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ぐるぐるとフォークで巻くと、仕上げに入れたチーズのおかげか、少し重い感触が手に伝わる。

口にすると、ケチャップの酸味と甘みが口に広がる。鶏肉も案外食べ応えがあって、いい感じだ。

 

好きなことばかりやって、やらなければならないことは出来なくて。

 

どうにも人間に向いていない私。

こうして料理を作れるだけで、良しとしてくれる世界はないのかな、と、そんな希望的観測をしてみる。

 

重くて美味しいパスタを食べ終えて、私は冷たい水を飲んだ。