晩御飯を買いに行ったはずの同居人。
帰ってきたその手には何故か紙袋が握られていて、よく見れば近くにできたパン屋さんのロゴ。
中にいたのは可愛い可愛いベーグルだった。
プレーンは晩御飯であるお肉のお供に、もう一つ、紅茶のベーグルは明日の朝ごはん用らしい。
同居人が肉を焼いている間、紙袋の中に入っていたパンのメニューを見てみる。
このパン屋さんには以前、妹が遊びにきた時に一度行ったことがある。
パン屋さんはおもちゃ箱みたいで、行く度に色々目移りして、結局買い過ぎてしまうのがオチなのだが、その点このパン屋さんは優しい。ベーグルと食パンしか扱っていないのである。
以前食べたのは、ベリー風味のベーグルだっただろうか。
かなりもっちもちの生地で満足感が凄かったことを覚えている。
ただ、メニューを見る限りベーグルの種類が増えているようで、甘い物はキャラメルナッツから、しょっぱい物はカレー味まで様々だった。
ベーグルについて思い出すのは、母の記憶である。
母は元々料理好きなのだが、取り分けパン作りは好きなようだった。
星形やハート型の食パンからクリームパン、メロンパンまで、色々な手作りパンを食べた記憶があるが、中でも一時期ハマっていたのか、ベーグルの記憶は強く残っている。
母曰く、「ベーグルはいつも失敗する」、「すごく固くなる」らしかったが、私は母が作って食卓に出した時、初めてベーグルの存在を知った。
だから失敗も何も、私にそもそも正解が分かるはずがない。
それに確かに顎が疲れるような感じはあったが、クリームチーズや生ハムを挟んで食べるベーグルは美味しかったため、素直に美味しいと言っていた気がする。
もしかして何だかんだ言いつつも母がベーグル作りをやめなかったのは、私のこの態度のせいなのかもしれない。
思えば、料理をしくじると途端に機嫌が暗く暗く落ちていく母だが、確かにベーグルの失敗はそこまで嘆いていなかったような気もする。
そんな経緯もあって、私の中では少し固いくらいのベーグルがベーグルとして認識されている節がある。
なんてことを考えているうちに同居人が肉を片手に戻ってくる。
待っていたと言わんばかりに、白いベーグルをむちむちとちぎって一口。
口の中でもっちもっちと音が鳴っているような。
ものすごい弾力である。しっかり小麦の味を感じられて美味しい。ちょっと喉が詰まりそうではあるが。
焼いてくれたお肉と一緒に食べ進める。
ベーグル。可愛くて丸くて、私にとって多分ずっと正解のわからないパン。
今度はまた違う味のベーグルを買いにパン屋さんへ行ってみようと、そう思うのだった。