曇り空の18時。特急に乗り換える気力が無く、準急で一時間かけて帰路につく。
家に帰る前にコンビニへ寄った。
切らせていた食パンと、ポテトチップスとアイス。
数時間前はドライフラワーが飾られたレストランで、まあるいソファー席に座っていた。
胃の中にはまだ2000円のパスタと野菜のビュッフェ、フレーバーティーが残っている。
お腹はいっぱいのはずなんだけれど、帰った瞬間にポテトチップスの袋を開けていた。
パリパリ、一枚。
食べ応えが欲しくてギザギザの厚いポテトチップスを買ったけれど、口の中が痛いなとだけ思った。
なんだか塩味が薄く感じる。
パリパリ、パリパリ。お腹はいっぱいのはずなんだけど。

ここ数日、懐かしい人と接する機会が連続している。
今日会ってきたのは幼稚園からと、もう一人は小学校からの友達。
一人が彼氏の住む東京の方へ行ってしまうから、その前に会わないかと誘われて。
二人とも彼氏からのプロポーズを待っていた。
確かに、よく考えなくてもそういう歳だ。
大学院を出てからのっぺりと生きてきたけれど、あと二年経てば母が私を産んだ歳に追い付いてしまう。
この前6年ぶりに電話をした高校時代の後輩はいつの間にか結婚していたし、ラインのアイコンだって子どもの写真が増えているような。
小学生時代、いつでもみんなの中心にいたあの子は二児の母となり、地元で家を建てたらしい。
大学生みたいなテンションで、でもそれよりは遥かに重い危機感で今月ヤバい! なんて焦っている私には到底見えない世界だ。
彼女達とも、随分と同じ話を繰り返すようになってしまった。
大抵は小学生の頃の話だったり、幼稚園の頃の話だったり、その後の同級生の話だったり。
私達を繋ぐものはもうそれしかないみたい。なのに誘ってもらえることは本当にありがたいとも思う。
お決まりのように変わらないね、そうだねと話すけれど、私達、きっとそんなことはなかった。
だって二人が話していた服のブランド、私はひとつだって分からなかった。
Honeysが可愛いだなんて話してたこと、私まだ覚えてるのに。
合唱コンクールのソプラノとアルトの喧嘩も部活動のいざこざも、あれだけ深刻だったのに懐かしいねなんて言っちゃって。
亀梨くんの結婚、そんなにショックじゃなかったみたいだし、私だって当時ほどONE PIECEへの熱はない。
私はお酒を飲むようになって同人活動をするようになったし、二人はスタバよりももっとお洒落なカフェに行くようになって彼氏と同棲するようになった。
プロポーズの悩みも私には分からない。
そもそも二人が夫婦になりたいくらい信頼している相手のこと、どうしてそう想えるようになったかってこと、私は何も知らないな。
一度考え始めると、色々のぼってきて爆発しそうだ。
どうしたって私と二人は違う道を行く。
それに、彼女達だけじゃない。
この先で出会う人達、今、比較的近い道を歩いている気がしている人達。
そういう人達ともこうした小さな別れが繰り返されていくのかと思うと、何だかどっと人生に疲れてしまう。
きっと変わらないこともたくさんあるはずなのに、あの子も私自身も知らない側面がどんどん増えていく。
そう考えた時、なるほど、恋人がいたらそりゃ安心できるだろうと思った。
変化していく自分を全部知って、この先もずっと見守ってくれる人がいるというのは本当に心強いことだろう。
おそらくこれからも彼女達の重心はどんどん家庭の方へと傾いて、けれど私はずっとひとりでいるような気がしてしまう。
きっと私はそれを寂しがったり、もっと言えば恐ろしく感じている。薄情な話だ。
十年前、「誰も私を知らないところでやり直したい」と、ひとりで隣町の高校へ進学したのは私の方なのに。
そもそも声をかけてもらえなきゃ、ろくに会おうともしないくせに。
彼女達のことは今でもきちんと好きでいる。
背伸びした昼食もきちんと味を覚えているくらいに美味しかった。
何度も擦られた昔話だって、話している時間は楽しかった。
それでもこの記事の主役になったのはお洒落なパスタじゃなくてコンビニブランドのポテトチップスだ。
ただ違うというだけでそれぞれの道に善し悪しはない。
それでも悲しくなるのなら、それはきっと私のせいだ。
もしもこの世に永遠があったなら、私も少しは安心できるのだろうけど。
空になったポテトチップス。
割り箸と一緒にゴミ箱へ深く沈めてしまう。
ひょっとすると、二人と次会うのは結婚式だったりするのかも。
投げやりにそう思って、やっぱり傲慢なことにあるかも分からない次を夢みている自分に気がつく。
拙いメイクで寝転がる、私はまだ制服を着たままだ。





