推しの誕生日だからケーキを買おうと思った。
ついでにティッシュとトイレットペーパーがなくなりそうだったから、それを買いに。
近所にケーキ屋さんは二つある。
一つは小さな個人経営のケーキ屋さん。
もう一つは不二家。
ちょっと迷ったけど、結局不二家に行くことにした。
理由は三つ。
薬局が近かったのと、欲しいマカロンがあったから。
そしてチェーン店ということもあって、ケーキ屋さんにしては敷居が低かったからだ。
ケーキ屋さんは、いつも少し緊張する。
何となくかしこまった感じとか、やけに静かな感じとか。
ケースに並んでいるケーキたちを選んでる時、店員さんがこちらを見ている時の感覚も苦手だ。
店員さんにそんな意図はないと分かってはいるのだが、どうしても急かされているような気持ちになる。
同じ理由でコンビニのホットスナックも、悪い目を細めて遠くからじっと狙いを定めてからレジに行く。
サーティワンも、心の中で何度も何度もメニュー名を呟いて、力を込めて注文する。
でもやっぱり、一番恐れ多いのはケーキ屋さんだ。
だからケーキ屋さんに行く時は、本当に特別な時だけ。
思い返してみれば、最後にケーキ屋さんに行ったのは、大学院の受験の後だろうか。
絶対に落ちたと絶望しつつ、カラオケでお酒を飲んだ後、ケーキとたこ焼きを買って帰った気がする。
あの時は林檎か何かのケーキだった。
どん底の気分の中でも美味しかったことを覚えているから、やっぱりケーキの魔力は凄い。
そんな緊張する特別な場所に、ティッシュとトイレットペーパーを持った私はなんとも不釣り合いに思えた。
持ち帰る時も、ティッシュとトイレットペーパーは邪魔で、ケーキの箱が斜めになりやしないかと、一人ハラハラしていた。
幸い近かったから事なきを得たが、次に買う時はケーキだけのために出かけようと思う。
家に帰って作業をして、日付が変わる前にケーキをお皿に出した。
いつもなら手で食べたり紙皿で済ませるところだが、今日は特別。
あらかた写真を撮り終えて、ちょっと迷ってフルーツケーキを冷蔵庫に戻し、スフレチーズケーキを食べることにする。
チーズケーキが推しの好物だったから。
フォークを入れてみれば、ふわふわと柔らかい。
口の中でも溶ける感覚。優しい甘さ。
美味しくて、あっという間にいなくなってしまった。
いなくなってしまったから仕方ない、ともう一度冷蔵庫に戻り、フルーツケーキを取り出してフォークを突き刺した。
ジュレに包まれたフルーツを食べつつ、ふと、幼稚園に通っていた頃、ホールケーキの箱を大事に取っていたことを思い出した。
もう中身はないはずなのに、箱が何だかとても特別で、素敵なもののように思えていた。
ひょっとしたら、今もそのあたりは変わっていないんじゃないだろうか、なんて思いつつ。
推しの誕生日。普通なら、何の変哲もない日。
だけど私にとっては特別で大事な日だ。
もっとたくさんのものを好きになれば、もっとたくさんの特別が増えるのかもしれないけれど、今はこれくらいで丁度いいんじゃないかとも感じる。
それに、まず大事にしてあげるべきは、四か月後に来る自分の誕生日だ。
その時に私が私のことをどう思えているかは定かじゃない。
けれど、もし大事に出来るのなら、今度は個人店のケーキ屋さんに行ってみたい。
少し気の早いことを考えつつ、軽い胸焼けを覚えてマカロンを冷蔵庫にしまうのだ。