締め切りがあるようで、何もない毎日。
なんだか覚束ないからか、起床したら十三時を過ぎてしまっていた。
最近は感情の底が浅く、何も考えられないことが多い。
この無気力はエネルギー不足が原因なのだろうか。
ぼんくらな頭で出した、多分間違っている結論。
空腹の実感もなかったが、終了期限の迫る月見バーガーを買いに行った。
自称ミュージシャンに出会ったのは昨日の話。
彼はどうやらベースに、歌声に、技術に、喧嘩の強さに、知識量に、文章に、ギャグのセンスに、料理の腕前に、人柄に、自分自身に、自信があるようだった。
テンプレみたいな人だと思った。
じりじりと、心臓にやすりを当てられているような気分。最悪だ。
彼曰く、あらゆることに関して自分ほど出来る者はいないのだという。
けれど周りが理解してくれない、馬鹿ばかりだと。
自信があること自体を悪だと思っているわけではない。
実際、少し話をしただけだ。彼の実力とやらを私は知らない。
なのにこんなにも痛ましさと恥ずかしさを感じてしまったのは、きっと彼にコミュニケーションを取る気がなかった、そして彼自身はコミュニケーションを取っていたつもりだったからだと思う。
これまで彼が何をして生きてきたのか、明日の昼間どこにるのか、先週何をしていたのか、家族構成、年齢、SNS。
彼と話したのはほんの数時間だったが、その数時間で私はそれだけの彼を知った。
対して、彼は私が何歳なのかすら、きっと知らない。
そもそも、知らないことに気が付いていない。情報の差に気が付いていない。
話をしているようで、流れてくるばかりの一方通行。
ずっとずっと、こちらの言葉が届かない。
こちらの言葉が届かなければ、段々とその人は諦められていく。
たとえその人がどれだけ優れたものを持っていても、これだけは変わらないのだと思う。
誰だって相手にされないことに対し、どこかに苦痛を感じている。
独りよがりは諦められる、去って行かれる。
だからきっと、ミュージシャンとしての彼が支持されることも無いのだ。
想像する。
誰にも理解されないまま、彼は彼なりに、どこかで咲ける場所を探したのかもしれない。
探しているうち、どこかのタイミングで、経験自体が彼のアイデンティティになり得ることに気が付く。
そこで妥協したが最後、思考力が衰える。出来ない自分が見えなくなってしまう。
ただ出来ない自分は怖いままだから、素人相手に技術を自慢する。自分ではない誰かとの繋がりを自慢する。
彼もきっと、本当は分かっているはずなのだ。
どれだけ自分が優れていたって、優れていると思っていたって、自分から出したそれを評価するのは自分以外の誰かだ。
もちろん、すべてのことが評価される必要はない。
自分の中で生まれたものは、それだけで尊いものなのだから。
けれどきちんと形を得たいのなら、自慢できるほどの箔をつけたいのならば。
分かってもらおうと努力しなければならない。
これまでの人生がそうだったように、きっと自分のままでは受け入れられないから。
そんなことも出来ないで、つたない泥だんごを見せびらかして。
ヒリヒリする。ねえ、恥ずかしいな。
……と、一通りのことを思ったあと。
私には本当の気持ち悪さがやってくる。黒くて重い液体が腹の底に溜まっていく。
分かっている。
彼とは昨日が初対面。なんなら、もう二度と会わないかもしれない。
にもかかわらずこんなに揺さぶられているのは、彼の中に自分自身を見たからだ。
自意識過剰なミュージシャンが、私の中にも住んでいるからだ。
自分で自分を信仰して崇め奉り、それだけでは飽き足らない。
何の努力もしないまま、餌をチラつかせて他の入信者をただ待っている。
入信しない者たちを、ひたすらに見下しながら。
そういう本当の意味での滑稽さが私の中にもある。
こんなの、ただの同族嫌悪だ。
頭は何も出してくれないのに、吐き気ばかりが強くなる。
何もしてないのは、出来ていないのは誰よりも私だろうに。
今期は三回ほど食べた、大好きな月見バーガー。
焼きすぎて固くなったベーコンを必死に飲み込む。
美味しいけれど、やはり体が重くなるばかり。
当たり前だ。何も出来ないのはきっと空腹のせいじゃない。
胸と腹の気持ち悪さ。本当に、最悪な気持ちだ。
せめて胃の方はどうにかしたいと、ぬるま湯でパンシロンを流し込むのだった。