食べ物と私

食べます。

午前二時の虚無パスタ

虚無パスタが食べたくなった。

 

一日中パソコンに向かって、ようやく終着点にたどり着いた午前二時。

そろそろ寝たいけど、最近は全く持って寝付けないから何か腹に入れて眠ろうと思った。

 

生憎調理なしで食べられるような便利なものはうちにない。

どうしたものかと考えた時、浮かんできたのがこれだった。

 

虚無パスタとはYOUTUBEをあげているにゃんたこさんが作っていたパスタだ。

何も具の入っていない、いわゆる素パスタだ。

味付けがよく分からなかったので、久しぶりに動画を見ながらパスタを茹でる。

 

実は6パーセントのアルコールが入っているので茹で加減なんて適当だ。

いや、見栄を張った。いつも茹で加減なんて適当だった。

 

ぐつぐつ音を立てる湯にパスタを押し込めながら、「パスタが得意料理だという女性は自意識過剰」、だなんて遠い昔に知識として仕入れてしまった出鱈目な情報を思い出す。

大きくなったらパスタが得意料理とは言わないでおこう、と思った。

こうやって良くない物が色々と育てられていくんだと思う。

 

ゆで上がったパスタはもう面倒なのでボウルに入れる。

そこにバター、めんつゆ、鶏がらスープの素、胡椒だ。

完成。虚無パスタ。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220815211821j:image

 

素パスタは沢山食べたことがあるけれど、ちゃんと虚無パスタを虚無パスタとして食べるのは初めてだった。

アルコールと深夜に当てられた脳。

少しぐでったパスタにも、何だか濃い味が絡んでる!と喜んでくれる。

味がして美味しい、なんて至極頭の悪いことを考えたり。

 

寝る時間も食べる時間も本当にめちゃくちゃだ。

自分勝手でわがままで、とても心地が良い。

それでいて一応やりたいことはやれているのだから、この夏は100点満点だ。

ずっと続けばいいのに、と密かに想ったり。

 

起きていたい時に起きていればいいし、眠りたくなければ眠らなくてもいい。

本当に眠りたいときにはこうしてお腹を満たして、アルコールに頼って、薬をのんでしまえばどうにだってなる。

頭は勝手に動くけど、身体は結構従順になってくれる。思考回路はともかく、所詮生物としての構造は同じなのだ。

 

一か月後、二か月後がどうなっているかは分からないが、こうやって私は私の体をものにしていく。

酷く世間からは離れているけれど、これこそそもそものあるべき姿だとすら思う。

 

積み重なったワードの文字数を閉じて、最後の力で食器を洗う。

明日は少しだけ準備しなければならないことがある。

人と会う約束だけはすっぽかさないようにと、しっかり日付を確認してベッドに入るのだった。

 

わんころオムライス

家に牛乳と卵があったから、オムライスを作ろうと思った。

材料が揃ったから食べたくなったのか、食べたいから無意識に材料を揃えたのかは分からない。

 

何度か作っているから前にも書いているかもしれないが、オムライスは案外面倒なものだと思ってる。

米を炒めるのと卵を作るので二回フライパンを使わなくてはいけないところが既に面倒だ。

しかし、材料費を極限までケチる事ができるのでそこに関しては優秀だ。

 

玉ねぎをみじん切りにしてベーコンと、冷凍していたピーマンを炒める。

そこへ、塩と胡椒、コンソメ顆粒にケチャップを惜しみなく。

 

一食しか食べなくなってきているから、カロリーを増やしたって問題ないだろうという安易な発想だ。

あと、何かの情報でケチャップは体にいいと聞いた。

リコピンがたくさん入っているのだとか。

そして私はケチャップが好きだ。

 

そのまま米を入れて適当に炒めて、一旦お皿に移す。

あとは適当に甘めの卵を焼けば、完成。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220812050120j:image

 

推しの苦手な犬の絵を描いたがなんか上手くいかなかった。

適当にスプーンですくって一口。

ケチャップの酸味にピーマンの苦さが結構合っている。半熟気味の卵は、塊で入れたバターがよく効いてる。スプーンが止まらない。

 

このオムライスも夜に食べる。

まともなご飯は今日、これが初めてだった。

 

ここ数日はひたすらに書いて、読んで、書いて、書いて、ずっと聴いて、という感じだ。

食べることは好きだが、なんというか、今は食に割く時間を書くことに使いたいと思っている。

 

おかしな話だ。あれだけ食に執着していたのに。

高校受験の時は食べることだけが生きがいだったことを考えると、やっぱり今はストレスが少ないんだろうと思う。

 

ちょっと逃げ場がなかった時は食事だけが楽しみで、たくさん食べて、でもすぐに脂肪に繋がるから痩せてみようとするけどそれもストレスで、やっぱり食べたくて。

 

好きなことをしていると、そこまで快楽に執着しなくなって、その結果太ったりすることもなくなって、またストレスがなくなって。

 

本当に、こう考えると一生前者に戻りたくない気分ではある。

不思議なことに体型を気にしているのも前者の方だ。制限をしなくなった途端、何もかもどうでも良くなった。

 

身体的に健康かと言われればそうではないのかもしれないが、少なくとも精神面ではかなりいい。

適度にやることがあって、しかもそれが自分の没頭できるものなら、三大欲求なんて本当はなくても大丈夫なのかもしれない、なんて。

 

一応訂正しておくが、食べることの楽しさだって忘れたわけではない。

少し残ったケチャップライスを食べる明日を、私は楽しみにしている。

 

餓死を願ったカレーパン

やることが貯まってきた気がする。

今までも怠けていたわけじゃない……はずなのだが、気が付けば八月中旬でびっくりしている。

一方は上手く行っているとしても、休みになっている方は何もやっていない。

 

まずいと思うも、やりたいことの方が大きいのだ。

だからそっちを優先させてしまうけど、今はそれでいいのかななんて思ったりもする。

 

一年後のことを不安に思っているのに、定年が今は65歳と聞いた。驚いた。途方もない。

本当にそのレールに乗っかる必要はないのだと思う。

けれど、私以外の色々な人の声が聞こえてくるようで、少し気持ちが暗くなる。

 

思考が悪いレールに乗っかっている時は、大概お腹が空いている時だと私は知っている。

朝からモンスターしか飲んでいなかったから、そろそろきちんとしたものを食べようと試みる。

 

先日開けた鯖缶。カレー味だ。これは仕送りで貰ったもの。

パンに乗せて、卵を落としてチーズをかける。

そのままトースターで焼けば、完成。

なんちゃって鯖カレーパンだ。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220812040932j:image

 

熱々のパン。揺すってみれば、卵がプルプルと動く。

まだ固まってなかったか、と思いつつも我慢ならないので食べる。

さっぱりしたカレーの味と、熱いチーズ、そしてほぼ液体の卵。

ズルズルと吸うように食べる。

一人でいる時にしか許されないご飯だ。

 

帰省の日が近づいていた。

父や母はどういうつもりで今まで生きてきたのだろうと、時々考える。

仕事の愚痴ばかり話す母も、自分の歴史に強い誇りを持っているらしい父も、何を考えてその歳まで生きていけたのだろうかと。

 

私ならそこまで不満が出る場所では長く息が出来ないだろうし、肩書や周りの人に盲目的な自信を持つことも出来ない。

最も、それが出来ないから私は社会で生きていけないのだろうけど。

 

こんなことを言ったら多分、「あなた達を育てるため」とか怒られてしまうんだろうと思う。

それを言われてしまえば私は何も言えない。

感謝はしているのだ。けど、私を産んだことへの疑問はきっと一生拭えない。

正月は今年も帰らなくていいかな、と思ったり。

 

嫌になってしまう。

目の前のことを考えていたとしてもそれが将来に繋がっていて、そこで私は生きていなければならない。

いつまでもいつまでも続くんだろうと思う。

慣れてきたとしても、時々我に返るみたいに「あれ、私何で生きてるんだろう」とか思ってしまったりするんだろう。

 

多分そう思っているのは私だけではないのだろうが、それにしてはこの思考はあまりにも孤独すぎる気がする。

 

あーあ、早く餓死したいなー。

 

そんなどうしようもないことを思いながら、また私はパンをかじるのだった。

憧れていたハワイアン

朝起きて、真っ先にパソコンへ向かう。

一杯のコーヒーと共に何だかんだ文字を打つ。

最近これが習慣になってしまった。

朝ごはんを作る気力を作業に使ってしまうのだ。

 

やはり目の前に何か業務があると楽だと思う。

それしか考えなくていい。余計なことは考えないでいいから。

同じ音楽を聴きながら、ただキーボードを打っていく。

なんだか凄く気持ちがいい。すがすがしいような気持ちだった。

 

しかし、思ったよりも時間は経過していたらしい。

作業がひと段落したところで、かなりお腹が空いていることに気が付く。

なんだか数日前も同じ経験したような。

 

我ながら学習しないな、と思いつつ、外に出る準備を整える。

今日はどうしても、どうしても食べたいものがあるのだ。

くたびれたスカートとTシャツを羽織って外に出る。

 

風すら吹いてくれない、酷く蒸し暑い外。

最近は家にこもってばかりで何もしていなかったが、折角いい髪色になっているからこうやって見せびらかすのもありだと思うのだが。

たどり着いたのは徒歩数分のファストフード店

 

食べたかったのはマクドナルドのチーズロコモコ

ずっと、数年前からずっと食べたかったのだ。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220812040903j:image

 

ハワイフェアは毎年必ず実施していると記憶しているが、なんとなく毎年食べ損ねていた。

ただ、このチーズロコモコ、気になってはいたのだ。

機会が無かっただけで、数年も食べ損ねてしまったが。

 

その数年の欲が膨らんだのか、ここ数日ずっとマクドナルドに行きたかったのだ。

そして今ならめちゃくちゃにお腹が減っている。

マクドナルドを食べるのに最高のコンディションである。

 

ちょっと大きめのハンバーガーを、一口。

とろりと甘い照り焼き風のソースに、ぷりぷりの卵。これぞマックという味付けが私を殴ってくる。

そして、所々の辛さ。思ったよりも胡椒が効いていてパンチがあった。

何というか、異国っぽい味。

 

確かに下手したらてりたまになってしまうよな、と、喉を詰まらせそうになりながら思ったりしてみる。

もう少しゆっくり食べれば?と理性が何か言ってくるが、とにかくお腹が空いていたのだ。

空腹すぎるのも味を分からなくさせてしまうんだと思う。

結局、かなりのスピードでハンバーガーを腹におさめてしまった。

 

満足感は果てしないが、味わえたかと言われると少し謎だ。

途中で買って来た500ml缶のビールを飲みながら、のこったポテトを摘まむ。

昔はマクドナルドのオレンジジュースが好きだったのに、今じゃビールが鉄板になってしまった。

 

突然の食料にびっくりした体が眠気を訴えてくる。

でも、もう私を止めるものはなにもない。

何にも逆らわず、ベッドへ直行するのだった。

オレオと牛乳と私

動けなくなる。途中から。

さっきまで活動していたのにいきなりお腹が空いたのだ。

前までは何となく時間になったら補給のためにご飯を食べていたのだが、最近は作業に没頭することが多く、お腹が空いた時には既に手遅れになっていることがある。

今も、それだ。

 

冷蔵庫の中を軽く見てみる。

これ以上なにかやっても頭が働かないことは明らかだった。

しかし、案の定すぐに食べられるようなものは無い。

コーヒーで誤魔化すのも多分違う。

しかし、そこに鎮座している小さな牛乳パックと目が合った。

 

あ、牛乳があるのなら。

 

仕送りで送られてきた箱の中から青のお菓子を取り出す。

みんな知ってるオレオクッキーだ。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220811191819j:image

 

さっそくグラスに牛乳をそそいで、袋を開ける。

なんかすごいカロリーらしい黒のクッキー。

個人的にそこまで暴力的な味はしないのに、不思議だなと思う。

 

何となくオレオは牛乳と合わせてしか食べたくない。

オレオ単体があっても少し物足りなく感じる。

だからここまで私に食べられず、オレオ達はこの家に居続けて生きたのだけれど。

 

しかし今、私の家には牛乳がある。

 

牛乳に浸すと、オレオを持つ手が震えた。本格的に糖分不足か何からしい。

限界までひたひたにして食べると、柔らかくなったクッキーと共にあまいクリームが溶けだしてくる。

駄目押しに牛乳を追加で飲むと、より満たされた気持ちになる。

 

一食の目安は3枚と書かれていたのに、6枚全部食べてしまう。二食分だ。

オレオに限らずだが、お菓子を途中で辞められる人は本当にすごいと思う。

けれどお腹は落ち着いただけで、満たされないから不思議だ。

さっき摂取したカロリーじゃ足りないのか。

 

でも、よく考えてみればカロリーの塊と散々言われている割に、オレオをさらに加工したスイーツが一杯あると思う。

オレオケーキなんかもひと昔前に流行らなかったっけ。

人間はどこまで行っても欲に忠実だ。

もちろん、私はマックフルーリーも大好きだ。

 

自分からオレオに何か手を加えたことはない。

というより、オレオが家にあること自体珍しい。

オレオは自分から買うお菓子じゃないけど、貰うとかなり嬉しいお菓子。

私とオレオの距離感はそんな感じである。

 

そして私はオレオの相棒、牛乳ともそんな感じの距離を貫いている。

このコンビが揃ったのはかなり奇跡だった。

おかげで私は一時の飢餓状態から救われた。

 

気が付いたら手の震えは止まっている。

多分、こんなに糖分が不足している時に食べる物ではないのだろうが、まあ私は人間なのでよしとする。

オレオとは違い、もちろん、一回で牛乳は飲み干せなかった。

残りは何に使おうか。

 

安物かき氷

一週間で使う額を決めている。

使う、と言っても食費や生活費諸々について。

コンビニを使ってしまえばちょっとぎりぎりになってしまう額。

けれど、親からの金という部分に負い目を感じない、自分の最低限の額だった。

 

そして、最終日に800円だけが残った。

800円。私としては贅沢ができる額だと思う。

外食してしまおうと思っていたので、のこのこと最寄りのコンビニへ足を運ぶ。

 

800円あれば400円のカレーだって、のり弁だって買えてしまう。

しかし、デザートもビールも欲しくなってしまう欲張りなので、主食はおにぎりとかその辺で我慢する。

偏食家みたいな食事になっているかもしれないが、何でも食べられるからこそ健康が疎かになるのだ。

 

そして、デザートは決まっている。

最近お気に入りのアレを買うことにする。

この夏、私が見つけた暑さの味である。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220808093636j:image

 

コンビニで140円。比較的安くて、沢山入っている氷菓子。

 

お風呂上がり。

食べようとしたところでせっかくもらったはずのスプーンがどこかへ行ってしまった。

そのうち出てくるだろうと、仕方なしに銀のスプーンを取り出す。

 

一口食べれば、しゃく、と荒い氷に安っぽいソーダの味がする。

水玉模様のように配置されてるクリームアイスも、なんというか油っぽい。

 

安っぽいし、多分食べる人が食べたら美味しくないと思う。

けれど、私はこの夏、この子を何度もリピートしている。

 

美味しさもあるのだけど、味覚とは少し違った部分が喜んでいる感じがする。

夏の夜にふさわしい味というか。

 

かき氷は夏だと分かりやすくていい。

氷系のアイスは他にも沢山ある。

私はサクレがお気に入りだったのだが、この夏はそういえば食べていないと思う。

サクレよりこっちのかき氷を食べたくなるから。

 

アイスボックスは、小さな頃からの習慣で少し風邪の味がするからあまり買う気にはなれないのだ。

 

ふと屋台のかき氷が恋しくなって、そういえば家にかき氷機があったことを思い出す。

いつかのひどく暑い夏、かき氷でデザート代を浮かせようとした記憶。

棚の奥に仕舞われているが、製氷器も買ったことだ。少し活躍してもらってもいいかもしれない。

 

気がつけば八月も中盤。

時の流れの速さに少し怖くなる。

私が冷房の下でかき氷を食べているだけで、何もかもが進んでいってしまうのだから、ちょっと不安にもなる。

そういえば中華まんが始まると、コンビニで宣伝していたような。

 

私はこの夏あと何度、このかき氷が恋しくなるのだろう。

コンビニはあとどれくらい、このかき氷を売ってくれるのだろう。

 

何となく寂しくなって、また私はソーダ味を噛み締める。

 

ねぼすけポテト

朝起きたら14時だった。

ああー、やっちまったと思う。

 

正式に休みの只中。

昼夜逆転気味にあるのは特に問題ないけど、明日は用事があるのだ。ちょっと不安になってしまう。

 

そんな心境とは裏腹に、ちょっとすっきりしている頭と心地よいベッドの感触に、少しの間だけ身を委ねる。

二度寝するのは流石に本意じゃないからスマホをいじってみれば一通の連絡。

 

怠惰そのまま再現したような生活の中、少しだけ上手くいったことの知らせだった。嬉しい。

 

ふわふわとしたままスマホをいじっているものの、次第に空腹に耐えきれなくなっていく。

 

気づけば起きてから一時間。どうするか、とちょっと悩んでから、仕方なしにキッチンに立つことにする。

 

じゃがいもを適当に切り、電子レンジで温める。

それからオリーブオイルを敷いたフライパンに並べて焼く。

いい感じに焼き目がつけば、出来上がり。塩を振る。

 

f:id:zenryoku_shohi:20220807194626j:image

 

爪楊枝で一口。

ほくほくした食感とちょっと硬くなった表面。シンプルな塩味が私は好きだ。

 

ベイクドポテトはよく作る。

お腹が満たされることは勿論、なぜか時々食べたくなるのだ。もしかしたら食べたいのはフライドポテトなのかもしれないが。

 

というか、実を言うと揚げたポテトと焼いたポテトの違いが多分よくわかっていない。

だったら自分で作る分には作り方の楽な焼きの方を選択するのが私だ。

 

手が汚れていないので、食べながらたったかスマホをいじってやる。

ちょっと脳が早く回っているから、言いたいことも聞きたいものも沢山あって困ってしまう。

 

【超学生】Penguin's Detour @歌ってみた - YouTube

 

『Penguin's Detour』。

最近この曲を何度も聴いている。

呟くような叫ぶような唄で、私はとても綺麗だと思う。

上手く言葉には出来ないが、諦めてなお残っているものというか。

私は諦観が好きなのだ。

 

ゆっくり食べようと思ったのにあっという間にベイクドポテトは無くなってしまう。

作るのにかかった時間を鑑みてもあんまり釣り合わないスピードだ。

 

お皿をそのままに、またベッドに寝転がる。

ぎし、と音を立てる古いベッド。

隣の人には全部聴こえてしまっているんじゃないかと思う。「あの人、いつも寝てるな」なんて思われていたらどうしよう。

 

明日は少しだけ用事がある。

何だか久しぶりに感じるけど、なあなあで済ませようと思う。

仕方なしに外に出るのだ。

久しぶりに、美味しいアイスでも食べようか。