食べ物と私

食べます。

餓死を願ったカレーパン

やることが貯まってきた気がする。

今までも怠けていたわけじゃない……はずなのだが、気が付けば八月中旬でびっくりしている。

一方は上手く行っているとしても、休みになっている方は何もやっていない。

 

まずいと思うも、やりたいことの方が大きいのだ。

だからそっちを優先させてしまうけど、今はそれでいいのかななんて思ったりもする。

 

一年後のことを不安に思っているのに、定年が今は65歳と聞いた。驚いた。途方もない。

本当にそのレールに乗っかる必要はないのだと思う。

けれど、私以外の色々な人の声が聞こえてくるようで、少し気持ちが暗くなる。

 

思考が悪いレールに乗っかっている時は、大概お腹が空いている時だと私は知っている。

朝からモンスターしか飲んでいなかったから、そろそろきちんとしたものを食べようと試みる。

 

先日開けた鯖缶。カレー味だ。これは仕送りで貰ったもの。

パンに乗せて、卵を落としてチーズをかける。

そのままトースターで焼けば、完成。

なんちゃって鯖カレーパンだ。

 

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熱々のパン。揺すってみれば、卵がプルプルと動く。

まだ固まってなかったか、と思いつつも我慢ならないので食べる。

さっぱりしたカレーの味と、熱いチーズ、そしてほぼ液体の卵。

ズルズルと吸うように食べる。

一人でいる時にしか許されないご飯だ。

 

帰省の日が近づいていた。

父や母はどういうつもりで今まで生きてきたのだろうと、時々考える。

仕事の愚痴ばかり話す母も、自分の歴史に強い誇りを持っているらしい父も、何を考えてその歳まで生きていけたのだろうかと。

 

私ならそこまで不満が出る場所では長く息が出来ないだろうし、肩書や周りの人に盲目的な自信を持つことも出来ない。

最も、それが出来ないから私は社会で生きていけないのだろうけど。

 

こんなことを言ったら多分、「あなた達を育てるため」とか怒られてしまうんだろうと思う。

それを言われてしまえば私は何も言えない。

感謝はしているのだ。けど、私を産んだことへの疑問はきっと一生拭えない。

正月は今年も帰らなくていいかな、と思ったり。

 

嫌になってしまう。

目の前のことを考えていたとしてもそれが将来に繋がっていて、そこで私は生きていなければならない。

いつまでもいつまでも続くんだろうと思う。

慣れてきたとしても、時々我に返るみたいに「あれ、私何で生きてるんだろう」とか思ってしまったりするんだろう。

 

多分そう思っているのは私だけではないのだろうが、それにしてはこの思考はあまりにも孤独すぎる気がする。

 

あーあ、早く餓死したいなー。

 

そんなどうしようもないことを思いながら、また私はパンをかじるのだった。