「シフォンケーキを作りたい」
いつものように私は思いつきでそう言った。
お菓子作りは好きだ。
得意ではないし、高い頻度で作るわけでは無いのだが、お菓子を作るという行為に強く惹かれる。
ただ、実行に移すには気力が必要なわけで、毎回願望だけ言っては流れていくのだ。
しかし、今は実家。
ここにはその言葉を聴く人がいるのだ。
「いいよ」
何気なく言ったはずが、母は頷いてしまった。
うちの母は一言で言うと元気である。
私と違って腰を落ち着けることが苦手で、いつも忙しなく動いているイメージだ。
予定が空いたら何か予定を詰め込む。
それでも何も無い時は家中の家事をしてしまう。
寝ているばかりの私とは大違いだ。
そんなわけで実家に帰ったら、私は母に連れ回されヘロヘロになっているのがオチなのだが。
その日も一つ用事を終えて帰宅していた最中なのだが、疲れ切った私とは違って母には余力が残っていたらしい。
嬉しそうにシフォンケーキのフレーバーを考え始める始末である。
慌てて冗談だよ、私眠いから、家に帰ったら寝ちゃうよ、と言っても、もう当人はその気なのだった。
結局家に着き、自分の家には無いこたつに吸い込まれるように寝転がれば、私の意識は沈んでいく。
そして次に母に肩を叩かれた時、むくりと起き上がると、そこにはお皿に盛られたシフォンケーキが生クリームの化粧で鎮座していたのだった。
まるで魔法である。
いつの間か願ったものが出来上がっているのだ。
夢うつつのまま、冷たいフォークを手に取る。
フレーバーは迷った挙句紅茶にしたらしい。
ふわふわのケーキは、切るのにそれなりに強い力がいる。
甘さ控えめ、とろとろの生クリームと絡めながら口に運ぶと、ふわりと紅茶が香った。
ケーキ生地は柔らかく、ふわしゅわと口の中で消えていく。
母曰く、シフォンケーキなんかすごく簡単らしい。
個人的にはメレンゲを泡立てたり、ボウルを洗ったり、小麦粉を出してきたりするだけで疲れそうなものなのだが。
腰が軽いというのは徳だと思う。
自分もそうありたいなぁと思ってみる反面、すぐに無理だな、と思い直す。
何をするにしろフットワークが重いのだ。
でもそれが私の一部でもあるので。
一人暮らしをする中で、何度もシフォンケーキを作りたいと思ったことはある。
思ったことがある割には、家にはハンドミキサーも、シフォンケーキ特有のケーキ型も無い。
小さいハンドミキサーなら百均で売っていることは知っている。
家に帰ったらまずは用具だけでも揃えてみようかなと思いつつ、それがいつになるのやら。
先は思いやられるのだった。