「私、行きたいお店あるんだ」
そう言って友達は私の手を引いた。
久々の再会だった。と言っても大学を卒業してからまだ半年なのだが。
変わらない空気と、やっぱりあの頃とは違う雰囲気。
近況を話しつつ、つい半年前の自分達を愛しく思い、少し切なくなった。
そんな中たどり着いた細い路地。ぽつんと見えた、小さな洋食屋。
派手な外装ではない。
手書きのメニュー表に、色褪せた看板。
どちらかと言うと少し雑(いい意味で)な店構えなのに、店先にはちりょろりと列が出来ていた。割と人気のお店らしい。
私は散策が得意ではない。
食べることは好きなくせに、たいして食に関心がないのだ。チェーン店で満足してしまう、有難い舌を持っている(勿論チェーン店は美味しい)。
新しいことは疲れる。
街を歩けば沢山の人が居るし、人混みは嫌いだ。新しいお店を見つけたにしろ、勇気もない。店員さんがフレンドリーな感じのお店が私は苦手だった。
じゃあ、と、ネットで探そうものなら、たちまち膨大な量の情報に呑まれてしまう。これを一つずつ吟味していくのはなかなか骨が折れるのだ。
今ここに並んでいる人は、一体どういう経緯でこの店を知ったのだろう。
皆、あの多大な労力を費やしたのだろうか。それとも歩いていてバッタリ出会った?もしくは恋人の為に調べたとか?
そんな事をぼんやり考えながら、そう言えば友達はそういうことが得意だったと思い出す。
色々な物を見るのが好きで、体験することに躊躇いがない。溌剌として、好奇心というエネルギーに溢れている。だから色んな事を知っている。
そんな彼女のことが、私は大好きなのだ。
短い再会。
想いを巡らせつつも、私達はカウンターに座った。少し狭い店内は何となく温かい。
隣同士、今と半年前との様々な話をしている内に、大きなお皿がやってきた。
優柔不断な私が、やっとの思いで注文した照り焼きハンバーグ。と、備え付けられたサラダ。ロールパン。
サラダにはもったりとしたドレッシングがかかっていて、野菜自体もしんなりと味付けられていた。
何の野菜か、ドレッシングが何味なのか、相変わらず私にはよく分からなかったけど、美味しいことは確かだった。
バターたっぷりのロールパンはかなり背徳的で、ニヤニヤ笑いが止まらなかった。
そして大本命、甘い照り焼きのソースに、崩れるように優しいハンバーグ。半分まで食べて目玉焼きを割った。子どもが喜びそうな安心する味で、私の心も喜んだ。
半分くらい食べ進めた時。
メニュー決めの時にエビフライを諦めきれなかった浅ましい私を見かねて、友達は二本あるエビフライのうちの一本を私にくれた。
大層なことだ。雪見だいふくを一つあげるくらいの、それはもう大層なことだ。
とても幸せな時間だった。色々な事を思い出せた。すごく、嬉しかった。
食べ終わりだけが少し悲しかったけど。
私達の日々は、このハンバーグとエビフライを前に今日一日、交わっただけだ。彼女は他県に住んでいる。身近に会えた日々はもう過ぎて、二度と戻っては来ない。
そしてあの洋食屋で幸せを味わった私も、既に過去なのだ。
これからどうなるか、私も、新しい物好きの彼女にだって分からない。
疎遠になるかもしれない。下手すれば二度と会えないかも。
でもきっとこれから先、少し何か冒険する度、私の頭には彼女の姿がちらつくのだ。
彼女もどこかで私のことを思い出してくれたら嬉しいな、なんて。
また浅ましく、そう思う。