食べ物と私

食べます。

見栄っ張り?鯖の味噌煮缶

誰とも話さない、静かな休日。

相変わらず下がったままの気温と格闘しながら、作業の合間、コンビニに行ったり洗濯物をしたり。

なんというか、ただひたすらに生活をしている日だった。

 

そのせいか、いつもはズルズルと夜九時頃に開始する晩御飯も、今日は規則正しく夕方から準備を始めていた。

といっても、今日は一人。好き勝手な晩御飯だ。

 

幸い明日は休日。

本当は何か買って来てお酒でも楽しんでやろうかと思っていたのだが、外も暗くなり、すっかり腰が重くなってしまった。

 

冷蔵庫にお酒は無いが、その代わりに満足感のあるご飯をたべようと、私は秘蔵の棚か鯖の味噌煮缶を取り出した。

 

缶詰は偉大だと思う。

料理にはもちろん、味噌煮のように味が付いているものならばそのまま食べられる。

しかも美味しい。

健康に関しては知らないが、精神に対しては非常に優しい食べ物だ。

 

数日前に作ったお味噌汁を温めつつ、鯖缶を耐熱皿に移す。

そのまま味噌煮には白米が合うだろうと、冷凍白ご飯をレンジにかける。が、すぐに取り消した。

もう一度冷凍庫をのぞいてみれば、白ご飯は残り二つ。

少し悩んで白ご飯を冷蔵庫にリリース、代わりに栗ご飯を解凍した。

続いて、鯖缶をお皿に移し、軽く温める。

魚料理は後始末が面倒で、まったくと言っていいほど作らないので、こういうご飯は本当にありがたい。

 

しかし、人がいる時、缶詰をそのまま食卓に出すことに私は抵抗がある。

手抜きと思われるのが嫌なのだろうか。

相手が嫌がるだろうと思っているのだろうか。

その根源は分からないが、とにかくこういう食事ができるのは、私が一人できる時だけだ。

 

こんなに重宝して有難がっているくせに、現金な人間だな、と思ってみる。

温まった面々を並べれば、かなり怠惰な、それでもしっかりした晩御飯だ。

 

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いただきます、と手を合わせ、さっそく鯖を一口。

こっくりとした味噌の甘さと、骨までほろほろと食べられる、それでいてしっかりとした身。

缶詰にしては優しい味付けだと思った。

からして少し豪華そうだったから、もしかしたら上等なものだったのかもしれない。

 

続けて少し薄味のお味噌汁を飲みながら、私はグルメ漫画、『忘却のサチコ』を思い出していた。

一話、主人公は定食屋で食べたサバの味噌煮で食に目覚めるのだ。

あの時サチコが言っていた、「味噌汁も味噌煮も味噌なのに全然味がちがう。味噌すごい」というような旨のセリフに、ハッとさせられた記憶がある。

確かに、被っているのに変じゃない。違う味。

 

手作りの味噌汁と缶詰の鯖味噌。

まったく違うような二つ、それでも上手く調和して、私のお腹を満たしていく。

私を幸せにしてくれる。

 

食べ終わって一息つきながら、後を引く幸福感に、少しだけ缶詰に対して罪悪感を感じるのだった。