食べ物と私

食べます。

オープンオムレツ、ゆっくりと

何となく動き回りたい日。

キッチンの掃除をして、風呂場の掃除をした。

掃除機はかけなかった。また今度でいいかな、と。

今日は水回りができただけで満点だ。

 

そんな綺麗になったキッチンでちょっと料理。

昨日買った野菜達を全部切り刻み、炒める。

粗熱を取ってからそこに卵四個、牛乳と砂糖を放り込み、チーズかけて、トマトを埋め込んで、蓋をして少し待つ。

 

夏の野菜たっぷり。オープンオムレツ。

 

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肉らしいものは全く入っていないから、実質サラダのようなものだなと頭の悪いことを考える。

でも、野菜だらけだからだろうか。

フライパンいっぱいの大きさの割に、いくらでも食べられてしまう。

 

四分の一を切り分けて、ケチャップをかけて食べる。

卵がちゃんと固まっている。焼いたトマトの味が好き。ピーマンもにんじんも健康的な味がする。

でもエリンギはそのまま焼いたほうが好きかもな。

 

案の定四分の一じゃ足りなくて、もう四分の一をおかわり。

咀嚼しながら随分体重を測ってないことを思い出す。

 

数年前。200グラムの誤差に一喜一憂していた数年前。

例えばちょっと食べるのがめんどくさくなったり、逆に楽しくなったり。

体重なんてそんな気分で簡単に左右されるものなのに、なぜそれに固執していたのだろうと思う。

 

でも確かに、数値で示すことができる基準は、きっと一般的で分かりやすい。

 

色々なことが分かって、何も分からなくなる。

自分が取り憑かれていたことだって所詮小さなことでしかないと分かって、軸がなくなって。

どんどん、年々ゆっくり足場がなくなっていくような、そんな感覚。

 

生きていけるのだろうか。

他の人は皆、個々の基準で私を測るというのに。

 

行く場所行く場所で人と繋がって、場所を移るごとに関係が切れて、要らなくなって、忘れていって。

きっと、最終的には私のことをみんな忘れてしまうのだろうと思う。

それでも他者が感じる一時の絶望を回避するために私は生きてる。

 

ケチャップがなくなって少し味の薄いオムレツを最後の一口まで食べ終える。

 

おかしな話だと思う。どこまで続ければいいのかとも思う。

離脱したくてたまらない。

最近夢に母や妹がよく出てくるのは、何なんだろう。

 

薬を飲まなくなってもう一週間だ。

こんなもんかと思うし、こんなものに対して世間は反応しすぎだと思う。

病院はまた死にそうになったら行けばいい。

 

お皿を水につける。

今日はたくさん食べようと思う。